南シナ海における領有権をめぐる動向
南シナ海においては、南沙諸島39(Spratly Islands)や西沙諸島(Paracel Islands)の領有権40などをめぐってASEAN諸国と中国の間で主張が対立しているほか、海洋における航行の自由などをめぐって、国際的に関心が高まっている。
南シナ海をめぐる問題の平和的解決に向け、ASEANと中国は、02(平成14)年、「南シナ海に関する行動宣言(DOC:Declaration on the Conduct of Parties in the South China Sea)」41に署名した。同宣言は、南シナ海をめぐる問題を解決する際の原則を記した、法的拘束力のない政治宣言である。
さらに11(同23)年7月に開催されたASEAN・中国外相会議においては、同宣言の実効性を高めるための「南シナ海に関する行動宣言ガイドライン」が採択された。現在関係国は、同宣言より具体的な内容を盛り込み、法的拘束力を持つとされる「南シナ海に関する行動規範(COC:Code of the Conduct of Parties in the South China Sea)」の策定を目指すことを確認しており、14(同26)年10月までに、同規範策定に向けた公式協議を計3回開催している42。
一方、南シナ海においては、関係国が領有権主張のための活動を活発化させている。
中国は、92(同4)年に南沙諸島、西沙諸島などが中国の領土である旨明記された「領海および接続水域法」を制定したほか、南シナ海における自国の「主権、主権的権利および管轄権」が及ぶと主張する範囲に言及した09(同21)年の国連宛口上書にいわゆる「九段線」の地図を添付した。
また、この「九段線」については、国際法上の根拠があいまいであるとの指摘があり、南シナ海における領有権などをめぐる東南アジア諸国との主張の対立を生んでいる。
また、近年、フィリピン近傍のスカボロー礁およびセカンドトーマス礁、マレーシア近傍のジェームズ礁および南ルコニア礁などに、中国の海軍艦艇および海上法執行機関所属の公船が進出している。さらに、12(同24)年6月、中国は、南沙諸島、西沙諸島および中沙諸島の島嶼ならびにその海域を管轄するとされる海南省三沙市の設置を発表したほか、13(同25)年11月には、同省が「海南省中華人民共和国漁業法実施規則」を修正し、同省の管轄水域内において外国漁船などが活動を行う場合には、同国国務院関係部門の承認を得なければならない旨定めた。
12(同24)年4月から6月にかけては、スカボロー礁周辺海域において、中国海上法執行機関の公船とフィリピンの海軍艦艇などが対峙する事件が発生したほか、12(同24)年6月にはベトナムが、南沙諸島および西沙諸島に対する主権を明示したベトナム海洋法(13(同25)年1月施行)を採択した。
13(同25)年3月には、中国艦船がベトナム漁船に発砲する事例が発生したと伝えられている。
さらに、14(同26)年5月、西沙諸島周辺海域において、中国が一方的に石油掘削活動を開始したことに端を発し、中国およびベトナムの船舶が対峙し、衝突により多数の船舶に被害が出ていると伝えられている43。
このように、関係国が、相手国の船舶に対し拿捕や威嚇射撃を行うなどの実力行使に及んでいると伝えられており44、これらの動きをめぐり、関係国は互いに抗議の表明などを行っている。
また、最近では、15(同27)年1月、ベトナム漁船が中国船に追跡され、通信設備などを破壊されたと伝えられているほか、同年2月、スカボロー礁周辺において中国当局の船がフィリピン漁船に衝突したとして、フィリピン政府が中国政府に対し抗議文を手交した。
さらに、14(同26)年5月には、フィリピン政府が中国によるジョンソン南礁での埋め立てを示す写真を時系列で公開し、同国に抗議したほか、ベトナム政府も、ウッディー島およびファイアリークロス礁で中国が滑走路建設などを行っているとして、それぞれ抗議を行っている45。13(同25)年1月、フィリピンは、南シナ海における中国の主張および行動に関し、国連海洋法条約に基づく仲裁手続に付した。
中国による南沙諸島での埋め立て工事の状況。上段は左から順にジョンソン南礁の埋め立て前後及び埋め立て部分の拡大の様子(12(平成24)年1月および15(同27)年3月撮影)、下段はスビ礁の様子(15(同27)年1月および同年3月)【CSIS Asia Maritime Transparency Initiative / DigitalGlobe】
南シナ海における中国の埋め立て活動の詳細は、防衛省ホームページ内の「南シナ海における中国の活動」(PDFを別ウインドウで開きます)を参照
※http://www.mod.go.jp/j/approach/surround/pdf/ch_d-act_20150529.pdf
※http://www.mod.go.jp/j/approach/surround/pdf/ch_d-act_20150529.pdf
このほか、13(同25)年11月、中国が設定した「東シナ海防空識別区」に関連し、中国国防部報道官は、今後その他の防空識別区も設定する旨発言した。これに関し同年12月、ケリー米国務長官は、アジア地域、特に南シナ海上空において、「防空識別区」の設定を含む、一方的措置をとることを中国は控えるべきとの考えを表明している。
南シナ海をめぐる問題は、その平和的解決に向け、ASEAN関連会議などにおいてもたびたび議論がなされているが、過去にはASEANの共同声明が採択されない異例な事態となるなど、加盟国の足並みが乱れる場面もみられた。しかし、14(同26)年5月、南シナ海における中国およびベトナムの船舶の対峙について、ASEAN首脳会議および外相会議において、「深刻な懸念」が表明された。
また、同年8月のASEAN外相会議および11月の首脳会議においても、南シナ海での緊張を高める最近の事態に引き続き懸念が表明された。さらに、15(同27)年4月のASEAN首脳会議においては、南沙諸島において進められる埋め立てに関して「深刻な懸念を共有」したことが表明されるなど、ASEANが一体となって対応する場面もみられる。
南シナ海をめぐる問題は、アジア太平洋地域の平和と安定に直結する国際社会全体の関心事項であり、引き続き関係国の動向や問題解決に向けた協議の行方が注目される。