朝鮮半島
朝鮮半島では、半世紀以上にわたり同一民族の南北分断状態が続いている。現在も、非武装地帯(DMZ:Demilitarized Zone)を挟んで、150万人程度の地上軍が厳しく対峙している。
このような状況にある朝鮮半島の平和と安定は、わが国のみならず、東アジア全域の平和と安定にとって極めて重要な課題である。
参照図表I-2-2-1(朝鮮半島における軍事力の対峙)
1 北朝鮮
1 全般
北朝鮮は、思想、政治、軍事、経済などすべての分野における社会主義的強国の建設を基本政策として標榜し1、その実現に向けて「先軍政治」という政治方式をとっている。
これは、「軍事先行の原則で軍事を全ての事業に優先させ、人民軍隊を核心、主力として革命の主体を強化し、それに依拠して社会主義偉業を勝利のうちに前進させていく社会主義基本政治方式」と説明されている2。実際に、指導者の金正恩(キム・ジョンウン)党委員長3は軍を掌握する立場にあり、16(平成28)年1月の「新年の辞」4において、「全軍を確固たる党の軍隊としてさらに強化、発展させる」とともに、「敵を完全に制圧することができる我々式の多様な軍事的打撃手段をさらに多く開発、生産すべき」と述べるとともに、同年5月に開催された第7回朝鮮労働党大会の党中央委員会事業総括報告においても、「先軍革命路線を恒久的な戦略的路線として堅持し、軍事強国の威力を各方面から強化すべき」と述べるなど軍事力の重要性に言及しているほか、軍組織の視察などを多く行っている。
これらのことなどから、軍事を重視し、かつ、軍事に依存する状況は、今後も継続すると考えられる。
北朝鮮は、現在も深刻な経済困難に直面し、食糧などを国際社会の支援に依存しているにもかかわらず、軍事面に資源を重点的に配分し、戦力・即応態勢の維持・強化に努めていると考えられる。また、その軍事力の多くはDMZ付近に展開している。なお、同年4月の最高人民会議における北朝鮮の公式発表によれば、北朝鮮の同年度予算に占める国防費の割合は、15.8%となっているが、これは、実際の国防費の一部にすぎないとみられている。
さらに、北朝鮮は、16(同28)年1月に4回目となる核実験を実施したほか、2月以降も弾道ミサイルの発射を繰り返すなど、大量破壊兵器や弾道ミサイルの開発などを引き続き推進するとともに、大規模な特殊部隊を保持するなど、いわゆる非対称的な軍事能力を維持・強化していると考えられる。加えて、北朝鮮は、わが国を含む関係国に対する挑発的言動を繰り返し、特に13(同25)年3月から4月にかけては、米国などに対する核先制攻撃の権利行使やわが国の具体的な都市名をあげて弾道ミサイルの打撃圏内にあることなどを強調した5。また、14(同26)年11月には、国連総会第3委員会において北朝鮮の人権状況決議が採択されたことに反発し、米国や韓国と並んで日本に対しても焦土化し水葬するとの国防委員会声明を発表した6。
さらに、16(同28)年2月に発表された軍最高司令部重大声明の中で、第1攻撃対象に韓国大統領府、第2攻撃対象にアジア太平洋地域の米軍基地と米国本土を挙げたほか、同年3月にはわが国に対しても、日本にある米軍施設・区域が打撃手段の射程圏内にあり、北朝鮮はその気になれば一瞬で日本を壊滅させるなどの挑発的言動を繰り返している7。
北朝鮮のこうした軍事的な動きは、わが国はもとより、地域・国際社会の安全に対する重大かつ差し迫った脅威となっている。北朝鮮の核兵器保有が認められないことは当然であるが、同時に、弾道ミサイルの開発・配備の動きや朝鮮半島における軍事的対峙、北朝鮮による大量破壊兵器や弾道ミサイルの拡散の動きなどにも注目する必要がある。
北朝鮮が極めて閉鎖的な体制をとっていることなどから、北朝鮮の動向の詳細や意図を明確に把握することは困難であるが、わが国として強い関心を持って注視していく必要がある。
2 軍事態勢
(1)全般
北朝鮮は、全軍の幹部化、全軍の近代化、全人民の武装化、全土の要塞化という四大軍事路線8に基づいて軍事力を増強してきた。
北朝鮮の軍事力は、陸軍中心の構成となっており、総兵力は約119万人である。北朝鮮軍は、現在も、依然として戦力や即応態勢を維持・強化していると考えられるものの、その装備の多くは旧式である。
一方、情報収集や破壊工作からゲリラ戦まで各種の活動に従事する大規模な特殊部隊などを保有している。また、北朝鮮の全土にわたって多くの軍事関連の地下施設が存在するとみられていることも、特徴の一つである。
(2)軍事力
陸上戦力は、約102万人を擁し、兵力の約3分の2をDMZ付近に展開していると考えられる。その戦力は、歩兵が中心であるが、戦車3,500両以上を含む機甲戦力と火砲を有し、また、240mm多連装ロケットや170mm自走砲といった長射程火砲をDMZ沿いに常時配備していると考えられ、首都であるソウルを含む韓国北部の都市・拠点などがその射程に入っている。また、北朝鮮は、現在も限られた資源の中で選択的に通常戦力の増強を図っており、主力戦車や多連装ロケットなどを改良しているとみられる9。
海上戦力は、約780隻、約10.4万トンの艦艇を有するが、ミサイル高速艇などの小型艦艇が主体である。また、旧式のロメオ級潜水艦約20隻のほか、特殊部隊の潜入・搬入などに使用されると考えられる小型潜水艦約70隻とエアクッション揚陸艇約140隻を有している。
航空戦力は、約560機の作戦機を有しており、その大部分は、中国や旧ソ連製の旧式機であるが、MiG-29戦闘機やSu-25攻撃機といった、いわゆる第4世代機も少数保有している。また、旧式ではあるが、特殊部隊の輸送に使用されるとみられているAn-2輸送機を多数保有している。
3 大量破壊兵器・弾道ミサイル
北朝鮮は、依然として大規模な軍事力を維持している一方、冷戦構造の崩壊による旧ソ連圏からの軍事援助の減少や経済の不調による国防支出の限界、韓国の防衛力の急速な近代化といった要因により、韓国及び在韓米軍に対して通常戦力において著しく劣勢に陥っている。このため北朝鮮は、大量破壊兵器や弾道ミサイルの増強に集中的に取り組むことにより劣勢を補おうとしていると考えられる。
こうした北朝鮮の大量破壊兵器・ミサイル開発は、4回目の核実験の強行や度重なる弾道ミサイル発射を通じ一層進展しつつあると考えられ、わが国に対するミサイル攻撃の示唆などの挑発的言動とあいまって、わが国を含む地域・国際社会の安全に対する重大かつ差し迫った脅威となっている。また、大量破壊兵器などの不拡散の観点からも、国際社会全体にとって深刻な課題となっている。
(1)核兵器
ア 北朝鮮の核開発問題をめぐる最近の主な動き
北朝鮮による核開発問題については、平和的な方法による朝鮮半島の検証可能な非核化を目標として、03(同15)年8月以降、6回にわたって六者会合が開催されている。05(同17)年の第4回六者会合では、北朝鮮による「すべての核兵器及び既存の核計画」の放棄を柱とする共同声明が採択された。06(同18)年には、北朝鮮による7発の弾道ミサイルの発射や核実験実施12、それらに対する国連安保理決議第1695号及び第1718号の採択などもあり、協議は一時中断していたが、北朝鮮はその後第5回六者会合に復帰し、07(同19)年9月の第6回六者会合では、北朝鮮が同年末までに寧辺(ヨンビョン)の核施設の無能力化を完了し、「すべての核計画の完全かつ正確な申告」を行うことなどが合意された。しかしながら、その合意内容の履行は完了しておらず、六者会合は08(同20)年12月以降、中断している。
その後、09(同21)年の北朝鮮による弾道ミサイル発射や核実験13の実施を受け、同年6月に国連安保理決議第1874号が、12(同24)年12月の北朝鮮による「人工衛星」と称する弾道ミサイル発射を受け、13(同25)年1月に国連安保理決議第2087号が、また、同年2月の北朝鮮による核実験実施を受け、同年3月には、国連安保理決議第2094号がそれぞれ採択され、北朝鮮に対する制裁が拡充・強化されてきた。さらに、16(同28)年1月の北朝鮮による核実験実施及び同年2月の「人工衛星」と称する弾道ミサイルの発射を受け、同年3月、航空燃料の北朝鮮への輸出・供給の禁止や、石炭や鉄鉱石の北朝鮮からの輸入の禁止など、対北朝鮮制裁の更なる追加・強化を含む国連安保理決議第2270号が採択された。
16(同28)年6月、鳥取県海岸において、外見等の特徴から、北朝鮮が同年2月に発射したテポドン2派生型の先端部の「外郭覆い」(フェアリング)の一部とみられる漂着物が発見された。同年6月末現在、防衛省において、その詳細について分析中である。
鳥取県海岸で発見された北朝鮮が発射した
テポドン2派生型の一部とみられる漂着物【鳥取県提供】
テポドン2派生型の一部とみられる漂着物【鳥取県提供】
参照図表I-2-2-3(16(平成28)年2月7日の北朝鮮による「人工衛星」と称する弾道ミサイル発射について)
参照図表I-2-2-2(北朝鮮の弾道ミサイルの射程)
ケ 弾道ミサイル開発に関する動向と見通し
北朝鮮が発射実験をほとんど行うことなく、弾道ミサイル開発を急速に進展させてきた背景として、外部からの各種の資材・技術の北朝鮮への移転の可能性が考えられる。また、弾道ミサイル本体及び関連技術の移転・拡散を行い、こうした移転・拡散によって得た利益でさらにミサイル開発を進めているといった指摘56や、北朝鮮が弾道ミサイルの輸出先で試験を行い、その結果を利用しているといった指摘もある。
このほか、長射程の弾道ミサイルの発射実験は、射程の短い他の弾道ミサイルの性能の向上にも資するものであるとともに、関連技術等は北朝鮮が新たに開発中の他の中・長距離弾道ミサイルにも応用可能とみられることから、12(同24)年12月及び16(同28)年2月の発射も含め、テポドン2など長射程の弾道ミサイルの発射は、北朝鮮による弾道ミサイル開発全体をより一層進展させるものであると考えられる。